戻る
自分の仕事の価値を見出し、みんなが豊かな人生を!
〜教員 赤沼智子さん〜
聞き手*浦和市内の中学校の特学では、養護学校の高等部に行くよりは、中学で就職した方

が、という考えがあるといううわさを聞いたことがあるのですが

赤沼:自分の成長から考えると、青年期に迷ったり失敗したり、立ち直ったりした時代っていうの

は、とても大事だった。だから中学卒業して、仕事に就くのが早い方がいいというのは、豊かに生

きていることになるかと言えば、違うと思う。

 中学の特殊学級で気持ちを解放できなかった子どもたちが、養護学校の高等部に来て自己解

放してすごく変わる。だから、中学からすぐ就職しなくても、高等部であれこれ友だちと悩みなが

ら挫折もしながら送る3年間というのは、ギリギリと働き出す3年間よりも、もっとその人が豊かに

なるんじゃないかなって考えている。

 でも障害を持った人の現状は、卒業後行ける場の厳しさがあるから、先になればなるほど進路

を探すのがきつくなるんだっていう現実をふまえて、「今入らないと、あとが大変」というプレッシャ

ーが親や教員の中にあるのかもしれない。
 
聞き手*高等部の3年間はあっという間。その中で、卒業後のことなどをどんなふうに考えている

のですか。

赤沼:人生は働く事じゃないと思うの。働く環境に合わせて子ども達を育てていくのではなく、自分

はこれがやりたい、それを実現するためにはお金が必要だし時間も必要だ。そのために仕事を

しようって。人生にとって、一番大事なのが仕事ではないと私は思っている。

 それともう一つは、私自身もそうだけど、自分の仕事っていうところで、自分の仕事の価値や役

割が必要とされているな、という思いを持つことって大事。例えば、気持ちがすごく滅入っていた

時でも、自分の人生を外さないで生きなきゃならないなっていうのを、他者から見て思い直せるっ

ていうのは必要なんだと思う。

 出来るだけ早く働いた方がいいっていう価値観の中で育てた子が、気がついてみたら、働く中

で自分の身体や心が壊されて立ちゆかなくなってしまったっていう、そういう状態に私の教え子は

おきたくないな。

聞き手*普通高校に比べたら、養護学校の進路担当の先生は大変だって言いますが…。

赤沼*養護学校の3年間で培ってきた力と、卒業してからの行き場が、もしかしたらつながりきて

いないのかなって言うのはあるかな。

 卒業生に、一貫して施設に入所させたいというお母さんがいた。その子は、自傷も他傷も出る

子だった。今の時代の中で、入所施設というのは限界がある。あまりめちゃくちゃな子が入った

場合には、最終的には、薬を多く投与されることが多い。だから私は入所について否定的でい

た。それにその子は養護学校の3年間で育ったなっていう感じがあるんだよ。この子なら、新しい

作業所の中でも人間関係も結べるだろうなって。

 卒業するとき、入所先が決まらなかったこともあって、作業所に決まりましたってお母さんから

聞いたときは、それで良かったかなぁって思ったんだけど。当初は、お母さんから元気でやってい

ますって連絡が来た。でもこの間連絡した時に、お母さんの声がくらく、入所使節に転所しようか

と思っていると言っていた。去年はすごく大変だったらしいの。

 養護学校の中で、育ったなっていう感じがあっても、卒業した先に、社会的に受け入れられる状

況があったのか、受け入れるだけのものになっていたのか、っていうのはちょっと違っていたみた

い。

 入所施設の職員数の問題でみきれないというところから、薬を多くするという処置の仕方はどう

かということもあるけれど、親の立場から見れば、このままでは自分の生活も成り立たなくなって

しまう。無理心中しちゃうという道を選ぶよりは、まだ、施設の方が…。というギリギリの所がある

ような気がする。

 去年のクラスの親と生活ホームの学習会をした。ある親が、それを聞いていて、そういうところ

に入れたいなって思ったけど、今の状況を考えてみると、多分うちの子は重すぎて生活ホームは

無理だろうって。だからそういう捉え方をしないで欲しいって言ったの。

 10年前から考えれば、作業所が増えたり、生活施設やグループホームで暮らせたり。ほんの

わずかかもしれないけれど、前進したと思うのよ。だからこそ、その子も、グループホームで生活

していくためには、どういう条件が必要なのかっていうそういう考え方をしてもらいたい。

聞き手*親のニーズで、生活ホームの学習会が出てきたのか?

赤沼*違うような気がする。すごく極端な親の例だけど、親ががんばって運営する施設には行か

せたくないって言って。親が歳をとって、あなたが病気になったらどうするのっていう投げかけをし

た時に、全然そういうイメージを持っていないんだよね。その時には、この子と一緒に死ぬからっ

て。すごく安易な捉え方をしている。

 だから、明日がんばって生きようと思うためには、こうなった時にはこういうものもあるんだよっ

ていう情報は提供すべきだと思うし、提供できるぐらいの学習がしておくべきだと思う。それぐらい

教員はしなくちゃいけないんじゃない?給料もらっているんだから。

聞き手*私が驚いたのは、かなり教員が親の運動を組織しているように感じたのですが。

赤沼*「むつみの里」(市営の通所授産所)ができたときに、親御さんたちがとても動揺したの。

それまでは、PTAがそれなりにまとまっていて、みぬま福祉会ができた。でもみぬま福祉会が、

「太陽の里」をつくった後、お母さん達が息切れをしてきた。これ以上の定員が増やせないかなっ

ていう状況の中で、市立の「むつみの里」ができた。その時、みぬまの固まっていた親集団、ぱぁ

ーと抜けた。

 みぬま福祉会というのは、子ども達の卒業後っていうのは保障されていないから、親たちががん

ばっていこうといっていた組織。何もなければみんな平等に、この子達の入れる施設を作ってい

こうという同じ立場だったんだけれども。パッとできたむつみの里を見たときに、私たちの子ども

達はそこに入れることが出来ると思ったお母さん達が、みぬま福祉会の関係はやめますって言

って、亀裂が生じちゃった。

 でも公的施設ができたからと言っても、浦和市の場合、19人の定員が埋まるまでのこと。だか

ら、そこに入れるお母さん達の中で、すごい熾烈。去年も1枠か2枠を巡って、誰が入れるんだろ

う、あなたは申し込まないで欲しいわ、あなたが希望しなかったら、うちの子が入れるのよって言

うのが出ちゃったんです。上尾の時は、そんなこと無かったんだけれどもね。

 根本的な原因は、浦和市が次の卒業生を見込んで施設をつくらないからだと思う。浦和市は、

決して財政的には厳しくないところなのに。でも、結果としてお母さん達は分裂されていく。

聞き手*施設づくりはエンドレスだと、鴻沼福祉会の斎藤さんはおっしゃっていたのですが・・・。

赤沼*施設づくりはエンドレスだと思うよ。

聞き手*目指すものが、場所、箱を作るっていうことなのか?

赤沼*みんなが豊かな人生を全うするという形を追求していくと、たぶん、器ができたら今度は中

身。中身ができても、健常者と比べて、障害者はこれでいいの?という問題がとことん出てくると

思うのね。そういうことをやっていくと、社会的に保障されても、個人としてどう生きたいかって言う

ところに戻って、それぞれのところで保障されるべきではないかって。そういうことを追求していっ

たら、エンドっていうことはないと思う。そういう社会ができればいいなあっておもうけど。エンドっ

ていうよりは、より豊かな質を求めてゆくことではないかな。

聞き手*今年の卒業する高校3年生の就職進路状況の見通しは?

赤沼*今年は、事業就労は、非常に少ない。他の子たちも、親の会に入っている人たちは、やっ

ぱり親の会の作業所にかなり行くだろうな。あとは、ぽつぽつと空いているところを探して・・・。親

の組織が難しくてね。親御さん達も親の会に入っていれば、そこら辺の情報で行こうという形で、

空いている枠にはいる。何とかそれでおさまっちゃう可能性がある。でももっと長期に考えたらね

え・・・。